序/対談を終えて
𠮷野 精神科医として日々治療に向き合い、休職していた患者さんが会社に復帰されるとき、ふと、安堵の気持ちとこの仕事をしている満足感がやってきます。しかし、そんな気持ちは瞬間で過ぎ去り、その後には、職場に行くことができなくなってしまった患者さんがたくさん控えている現実が待ち受けています。こんなくり返しで十数年が過ぎてしまいました。この間、人口は減り続けているのに「メンタル不調」者は増え続けるばかりです。この状況を考えると、医療問題はさておき、社会の有り様を変えていかなくてはどうにもならない、という強い思いから先生との対ついだん談に臨みました。
藤田 先生とのこの対談は丸二年に及んでしまいました。この長き故もあってか、私の胸の中に潜在していたものが、この社会の大問題であることをまざまざと見出すことができたと思います。
𠮷野 私もまったく同じ思いです。
私の分野での「うつ反応」症、先生の分野での「ロボット反応」症、この二大「メンタル不調」の源流です。問題の核心は、世間ではこれに困り果てていながら、その二つを同時に生み出しているもの、即ち「意識せざる管理主義」という社会病理には、完璧にと言いたいほど無関心なことです。
藤田 「ロボット反応」症に至っては、誇張を恐れずに言えば、やることなすことロボットそっくりになってしまっているのに、です。ダメなところだけは依然として人間なのですが。
𠮷野 それに比して「『うつ反応』は社会病理に対する『否順応』だ」というのは、精神科医である私としては大きな発見です。
藤田 先生は「うつ反応」症0 と呼ぶのを大変に嫌われていました。症となると病気みたいになってしまうからですね。一方の「ロボット反応」症から症を取り去ってしまうと訳がわからなくなってしまうので、無理やり先生のほうにも症を残してもらいました。同じ「メンタル不調」でありながら、「『ロボット反応』は社会病理への『順応』だ」というのは、人間がロボットら0 しく0 0 なっているという程度で済ませていた私にとっては大きな発見です。
𠮷野 この二つの「メンタル不調」は、同根でありながら、多くの場合その現象は逆であるわけですね。管理主義に、片やおいそれとばかりに順応、片や苦しみつつ否順応というわけですから。
藤田 先生の分野での「メンタル不調」は今では誰もが知るところですが、私の分野での「ロボット反応」症については知る人ぞ知る程度ですので、ここでもひと言付言したいのです。例えばです。ロボットには、魂も心もありません。夢もロマンも抱かなければ、問題を背負って悩むことはなく、責任感も主体性も創造性もありません。困ることがあっても、総ては他人事です。自発的には動きません。
𠮷野 人間であるならばその正反対のはずだ、ということですね。これを「メンタル不調」と言わずして何と言うかですよ。
藤田 これに対して企業内では、例えば「何事も他人事にするやつばかりで」云々などと愚痴こそ盛んなのですが、それを経営側、リーダー側が生み出していることにはとんと気づいていない、無関心なのが実態です。「うつ反応」者は三人に一人ですが「ロボット反応」者は一〇人に九人です。
𠮷野 一方では、AIロボットがどんどんレベルを上げてきているわけです。
藤田 「ロボット反応」症のロボットは今までのそれを指していますから、「ロボット反応」症の人たちの一部は、AIに使われていくことになります。AIを使うごく一部の人とAIに使われる多数の人たちという組織が出現することになるのか……、まさかと思いつつですが。
𠮷野 優秀な人たちは外へ出ちゃいますよ。AIの下でオペレーターをやらざるをえない人たちは……、
藤田 AIの部下になるのが嫌なら、ベーシックインカム生活者で過ごしていくことになるのですかね。
𠮷野 そんなですから、この国の経済の立ち位置っていうのはどんどん後退し続けていくことになります。既に、労働生産性の国際比較に明らかですよ。
藤田 人間には、何気なくしているときや微酔気分のときに、ふいと何かが閃くことがありますよね。私のそんなときでした。「ダーウィンの進化論」がちらついてきたのです。私が実感しているこの社会の人びとの変異、人間の本質を脅かすがごときそれは、止とどまることを知らず、そう遠くない何いつ時しか、DNA的変異にまで及んでいくのではないかと。ダーウィンは「進化論」ですがこちらは「退化論」です。
𠮷野 昔々の人間には尻尾が生えていたけどそれを使わないうちに退化してしまったらしいですね。それと同じ、人間らしさを忘れちゃったら必ず人間退化になってしまいます。
藤田 話しは大きくなってしまいましたが、今の現実に戻します。「意識せざる管理主義」は、何とも恐ろしいものです。
二〇二一年四月二〇日
藤田英夫
𠮷 野 聡
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